「51対49」の黄金比率とうつ症状の鍼灸治療

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3月に入ってすっかり春を感じさせる季節になってきました。
安曇野市役所の屋上で見る北アルプスの山々がとてもきれいです。
美しい景色を眺めていると心も晴れてきます。

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しかし、一方で3月は心の不調を抱えている人が増える時期でもあります。
年度末による職場や家庭の出来事、新型コロナウィルス感染拡大による生活環境の変化もあって、気づかないうちに疲れやストレスがたまっています。特に3月は自殺者がいちばん多い月として「自殺対策強化月間」にもなっています。

30代のころ、悩みごとがあって心が不安定になった時期がありました。
そんな時に出会った本が、臨床心理学者河合隼雄氏の『こころの処方箋』です。
この本は55項目からなる珠玉のエッセイです。

1項目が4ページほどで、平易な文章で書かれているのでとても読みやすくなっています。
「人の心などわかるはずがない」
「100%正しい忠告はまず役に立たない」
「ものごとは努力によって解決しない」

どの項目も心にしみてくる内容で、気持ちが落ち込んだり、疲れてしまったときに読むと元気になれる本です。何度でも読み返しています。この本は私にとっては”読むクスリ”なのです。

ただし、深い悩みを抱えていてどうにもならない方には、あまり心に響いてはこないかもしれません。なぜなら、ここには治療に役立つ解決策が書かれているわけではないからです。
ただ心の悩みを持つ方のヒントになるだろうということが書かれています。

この『こころの処方箋』で私が一番心に残った項目。
「心のなかの勝負は51対49のことが多い」という言葉です。

「人の心を意識と無意識に分けた時51対49のきわどい差であることが多いのに、本人の意識されるところでは、2対0のように感じていている」。

読んでなるほどとうなづき、何か決断をするときは、心の中では実はわずかな差で迷いながら決断しているのだと思えるようになりました。

この本に出会ってから数年後、もう一度「51対49」の言葉に出会うことがありました。
この時期にシナリオ講座に通っていたことがあり、その教室の講師の一人が池端俊策氏でした。
昨年の大河ドラマ『麒麟がくる』を書かれた脚本家です。
その当時、田村正和、木村拓哉、宮沢りえ主演のテレビドラマを書かれていた時期でした。

何度目かの講義の中で「51対49」という言葉が出てきて、すぐに『こころの処方箋』の言葉が頭に浮かびました。

「シナリオを描くうえで、主人公の心情を「51」、相対する人物を「49」で描くこと。相手を描くことで自分(主人公)を描く。そしてこの両者の2%の差のせめぎあいこそが葛藤を生み、人間ドラマが生まれる」。シナリオの創作の秘訣をそのように教えてくれました。

人間の心の中を数値で測ったとき、この数字は黄金比率なのだろうと思いました。

そして今鍼灸治療の中で、この「51対49」の比率を生かしています。

当院でもこの時期は心の不調を抱えた方のご来院が増えています。
特にうつ症状で来院される方は「やる気がまったくおきない」「意欲がわかない」と口をそろえて訴えらます。

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しかし、そもそも「やる気がまったくおきない」方が、鍼灸院を調べ、予約の連絡を取って、ご来院されるでしょうか。初めて会う鍼灸師に身体のことや心に抱えている悩みを話すということは、考えてみれば大変勇気とエネルギーがいることだと思うのです。

来院されて少しでもよくなろうと考えている方は、もうすでに「49」はやる気や意欲があり、本人は0だと思い込んでいるだけで、気づいていないのかもしれないと私は考えるようにしています。

そして、私ができることといえば、そのわずかな差である2%をプラスすることでやる気スイッチをONにすることだと考えています。

具体的にはうつ症状を伴う心の症状と身体の症状を鍼灸で緩和することです。
こころの症状では、意欲がわかない、脱力感、集中力がでない、不安になる、落ち込むといったこと。
身体の症状としては肩こりや不眠、動悸、息苦しさ、疲労感、食欲の低下といったことです。

実際に数回の施術で「51」以上になってやる気や意欲が出て明るい笑顔を取り戻される方もいます。
しかし、その一方で、症状は明らかに改善傾向にあるのに、さらに不調を探して「49」から出ようとしない方もいます。

また、初回では熱心に話をし、今後も鍼灸治療を続けていきたいといって意欲を燃やされていた方が、次回の直前でキャンセルをされ、その後はまったく音沙汰なしという方もいます。

その一方で、鍼灸を受けても「良かった」のか「良くなかった」のかもはっきりしない。表情も初回の来院時からまったく無表情の方が、意外と定期的に通い続けてくれたりするのです。
これはいったいどういうことなのか考えてみたのですが、なかなか答えがみつかりません。

そして、そんなとき私は『こころの処方箋』に書かれた言葉をあらためてかみしめます。
「人の心などわかるはずがない」と。

日本ではうつ病治療の選択肢として鍼灸はあまり普及していません。
しかし、世界、特にイギリスでは鍼灸がうつ病治療の新たな選択肢になると期待されています。

鍼灸でなぜうつ病の症状が改善されるかは、まだ詳しいメカニズムは研究途上だそうですが、脳の血流量が関係しているようです。

日本では鍼灸の受療率は5%と低く、いつも残念な思いをしています。

鍼灸治療で心の不調を抱える方のお役に立てるように、今後も鍼灸の良さを伝えていきたいと考えています。

ということで、地区限定ではありますが、3月29日に「松本市今井地区福祉ひろば」にてお灸教室を開催します。詳細はこちらからご覧ください。

また、心の不調を抱えている方は厚生労働省のHP「みんなのメンタルヘルス総合サイト」をご参考になさってください。
全国共通の相談窓口「まもろうよ、こころ」(厚生労働省)では、電話やSNSで気軽に悩みを相談できます。