たった一つの母の驚き

「人が老いていくとはどういうことか?」

以前読んだ本に「人が老いていくことは、驚くという感情がなくなることだ」と書かれてありました。
母を見ていると確かに年を追うごとに驚くというという感情がなくなっています。
たったひとつの驚きを除いて…。

先日、母は誕生日を迎えました。
大正生まれの母は、昭和、平成、令和を生き抜いてきています。
通っているデイサービスからお誕生日の色紙をいただきました。tannzyoubi

母は9人兄弟の真ン中。兄、姉、妹、弟がいます。
数年前、いちばん付き合いのあった下の妹がなくなったときです。
母に亡くなったことをどのように知らせたらよいか?
驚いて感情を露にしたら困るなあと思いながら話し出しました。

すると、意外にも母は驚きもせず「そう」といってちょっと黙って、そして何事もなかったようにすぐ忘れてしまいました。これには私の方が驚いてしまいました。

しかし、そんな母にはたったひとつ驚くことがあるのです。
そして、母のたったひとつの驚きの感情をいつまでも持っていてほしい。
そう願って毎月同じ質問を母にしています。
母のたったひとつの驚きとは「自分の年を知って驚くこと」なのです。
お誕生日のこの日も同じ質問をしてみました。

私「お母さん幾つになった?」
母「(「ちょっと間があって)88歳」と答えが返ってきました。
「えっ」という顔を私がすると「89」いやいや「90」と年を上げていきます。
私が本当の年を言うと母は自分の年に目を丸くして「ほんとお!!」と驚きの表情と声を上げます。
まるで初めて自分の本当の年を知ったかのように……。そして「長生きだねえ」と感慨深げになります。
この会話を毎月繰り返しています。いうセリフも毎月まったく同じなのです。

母は米寿(88歳)まではしっかり自分の年を覚えていたのでしょう。
だから年を聞くと毎月必ず「88歳」という答えが返ってきます。

その米寿の誕生日に「ウナギをたべたい」と母が言ってから、毎年ウナギ屋さんに母を連れて行っています。
安曇野市内にあるウナギ屋さんに今年も母を連れていきました。
unagi1ちょっと風情のあるお店です。
今年は、玄関を開けて母を見るなり、お店の人はイスを用意してくれました。
何年も誕生日に来ていたのにイスを用意してくれたのは初めてでした。
母が畳に座れないと思ったのでしょう。

unagi2店を出て帰りの車の中で母に尋ねてみました。
私「ウナギおいしかった?」
母「…ウナギ食べったけ?」
私「ええっ!」

ウナギを食べ終わって10分も経ってないじゃない! お母さん、あんなに苦労して玄関の上がり框を移動したでしょ。それにうな重は高いのよ。もう少しの時間食べたことを覚えていてよ。と私は心の中でつぶやきます。

そして、また母に質問してみました。
私「お母さん、今日で年はいくつになった?」
母「そう87かねえ」
ウナギを食べたことはすぐに忘れたけど、ウナギで元気になったのか1歳若返っていました。